miro-cherry:

“大問題であるはずの、韓国人のベトナム人虐殺や強姦戦後日本人引き上げ時の虐殺や強姦、戦後日本での朝鮮人による「朝鮮進駐軍」(GHQの発表で日本人4000人虐殺)、朝鮮戦争での自国民に犯した無差別赤狩り虐殺に韓国政府は、なんら謝罪も賠償も行っていない。非難されるべきが非難されず、なんら問題ではない事だけ非難される。かつて日本人を虐殺、強姦し、竹島を軍事侵略した韓国人が無実の罪で今も日本人を責め続ける。韓国に責められるたびに、日本人は謝罪と賠償を繰り返す・・・。

日本と韓国の関係は、異常なんてもんじゃないですよ。韓国では、日本人に親しいと罪(親日罪)に問われるんです。こんな事が許されてたまるかという話です。やはり、イジメられる日本の方にも問題がありますね。歴史を全く知らない人たちが多すぎる。常に加害者意識・・Mと言うか、韓国がSなので、お互いでSMプレーかよ。みたいな(笑)。ハッキリ言って、無実の罪や理不尽な理由で何の疑問も持たず、叩かれ放題の人間がいたら軽蔑しますよ。

いい加減日本人も被害者としての自覚を持つべきだと思うんですがね。韓国人には加害者としての自覚を要求します。

via (どうして韓国人は日本人になりたがるのか? - クールジャパン【JAPAN GO!GO!】から)

(via tundereforce)

 かつてケニアのコーヒーの産地にある村を訪れたとき、不思議なことに女の子が非常に少ないことがありました。村の人は次のように説明しました。

「数年前に、欧米のNGOがやってきてプランテーションから子供を一掃したんだ。そのせいで、子供は地元で働けなくなってしまった。それで仕方なく、他の町に家政婦として出稼ぎにいくことになった。それで若い女の子が減ってしまったんだよ」

 若い女の子が都会へ家政婦として働きにいくといえば聞こえはいいかもしれません。しかし実態は、その何割かは売春の道に進まされます。つまり、プランテーションでの仕事が奪われたことで、より過酷な児童労働にさらされてしまっているのです。

 『ルポ 餓死現場で生きる』第二章 児童労働の裏側 57~58ページより

仕事が早い人を潰す人たち
仕事のスピードが早い人に大量に仕事頼んで、
それでミスが多いと糾弾する。
いや~、ひどい話だと思うかもしれないが、
現実にはこのようなことが結構ある。

通信速度の早さとコンピュータ処理能力の早さに伴い、
宅急便で翌日届いていたものが、
瞬時に送れるようになったり、
今まで2~3日かかっていたことが、
パソコンの進歩で3時間ぐらいでできちゃうとか、
ここ数年で仕事のスピード感覚があっという間に変わった。
さらにはスマホに代表されるケータイ端末の進化で、
いつどこにいてもすぐに返信、すぐに電話でつかまえられる、
みたいな時代になったせいもあり、
みんな仕事のスピード感が以前より早くなった。

ところが時代のスピード感についていける人と、
ついていけない人の差が出始めていて、
仕事が早い人と遅い人の差も広がり始めているように思う。

こうしたなかで、仕事が早い人と遅い人、どちらに仕事を頼みたいか?
そこに価格差も質の差もなければ、
当たり前の話だけど早い人にみんな頼みたいと思うだろう。
いや、多少、価格が割高だろうが、質が低下しようが、
スピードが命といった感じで、
仕事の早さを優先する傾向は年々高まっているように思う。
みんな急いでせかされているから、
できれば仕事が早くできる人に頼めば、
自分の時間に余裕ができるから、
早い人に仕事が集中するわけだ。

仕事が遅い人に「納品を1日早めてくれ」
「見積もりを今日中にくれ」といっても、
だいたい「無理です」といって断る傾向が強い。
ところが仕事が早い人ほどこうした無理を聞いてくれる。
だから無理を聞いてくれる人に仕事が集まる。

無理を聞いてくれるもんだから、
どんどんその要求はエスカレートする。
今までは相手側に配慮して、
「夕方にお願いして今日中っていうのは無理ですよね。
明日の朝一でいいです」
みたいな遠慮があったにもかかわらず、
気を利かせて仕事が早い人はやってくれるもんだから、
そのスピード感を普通だと思い、
仕事が早い人にどんどん無理難題を無意識に押し付ける。

「見積もり、当然、今日中にくれるんですよね?」
「納品2日前倒しにならないですか?
いつもやってくれてるじゃないですか?」

今まで特別にスピードアップしてやってもらっていることを、
早いのが当然という感覚になり、
それを仕事が早い人が断ろうものなら、
「なぜ前にやってくれたじゃないか?」「できるでしょ、そのぐらい」
と横柄になる。

でも仕事が早い人は遅い人と違って、
なんとかスピードアップの要求に応えようと、
際限のない要求をできるだけ聞くようにする。
するとその人の評価がまた上がり、
こうした人に仕事が集中し、
仕事が早い人だけでに大量に仕事が集まるようになる。

仕事の早い人が、たまに仕事の要求を断ろうものなら、
またまた大騒ぎする。
「なんでいつもやってくれてるじゃないか?」
「そんなに早くできるんだからまだ仕事できるはずだ」みたいな。
冗談じゃない。
仕事がいっぱいあるから、暇じゃないから、
忙しいから早く仕事をしているのに、
さらに量も早さも求められたらパンクしてしまう。
そこを理解せずに、無理難題を断ったことに、
腹を立てるって頭おかしいとしかいいようがない。

仕事量が多く、もっと早くしろ、
とせかせばミスが起きるのは当然だ。
ましてや仕事が遅い人に比べて、
数倍の仕事をしているのだから、
ミスの件数は多いに決まっている。

仕事が遅い人が1日に10しかできないことを、
仕事が早い人は1日に20の仕事をこなすとする。
遅い人がミス2件に対して、早い人がミス4件なら、
ミスの確率は同じにもかかわらず、
横暴な仕事のふり方をする人は、
確率で見ず、件数で見るから、
「おまえは他の人よりも2倍もミスしている」と非難する。
算数からやり直せって話だが、
案外こういうおかしな話が実社会ではまかり通ってしまう。

ミスを過大に騒ぎ立てて、
「ここはミスが多くてひどい」
「だからもっと価格を下げろ」
「質を上げろ、ミスをするな」
と要求する。

仕事を頼まれた方からしたらたまったもんじゃないだろう。
ミスを減らしたいなら、
きちんと時間とコストを与えるべきだ。
時間も与えず、いつもタイトな綱渡りスケジュールばかりを押し付け、
それでミスしたら怒るって、
仕事をふっている人間の仕事能力のなさゆえだろう。
ミスをしないよう、せかさず時間的余裕を与えるべきだ。

もしそれでも急ぎなら、
相手に無理をいって仕事をしてもらっているのだから、
ミスが起きるのは当然という前提で、
自分がミスがないようその人をフォローしてあげるべきだろう。

ところが自分の責任を逃れたいがために、
ミスがあったらその人のせいにして、
ミスがなかったらこの早さでやったのは自分のおかげ、
みたいに勘違いする。

だいたい仕事にスピードを求める人は、
たいがいコストもけちっている人が多い。
当たり前の話だけど、同じ距離を走るのでも、
鈍行列車と新幹線では特急料金が違うわけだ。
早くやった人にはその分、特急料金を支払うべきだが、
仕事を早くしろとせかす人に限って、
たいがい安く人をこき使おうとする人が多い。

コストは高くない、納期は厳しい、
そこに輪をかけてそれより前倒しにしろとかいえば、
ミスが起きるのは必然なわけだ。

仕事をふる人間がなんでもかんでも急かせれば、
ミスが起きるのに、その根本をスルーして、
あいつはミスが多いからダメだとか言っている話を聞くと、
バカじゃないかと思う。

だったら納期急かしたり、無理なスケジュールで追い詰めたり、
安いコストで叩いたり、乱暴な仕事を大量にふったりすべきではない。
自分の仕事の仕方が悪いから、
それがはねかえってきているだけなのだ。

よくがんばってくれる仕事が早い貴重な人たちを、
こうした形で潰さないでほしいと思う。
そんな人たちを自分が悪いのにミスが多いと糾弾して、
だったらあんたらの仕事なんかやってられるかとキレられたら、
一番困るのは自分自身なのだから。

早くやってくれる人の仕事の早さを、
当たり前だと思って横柄になる最低な人間にならないよう、
注意して仕事をふりたい。
だいたい、読んでいる本が1冊数千円以下、せいぜい1000円だってのは、知ろうとする気がまったく皆無か、それに近似であることの現れだ。教科書を読め、引用文献を手に入れろ、論文に目を通せ。もちろん、それだけでも数万、数十万がふっとび、そう簡単には歯が立たない。しかし安い本には安いなりに簡略化されたことしか書いていない。それで理解がうんぬんというのは、わずかな投資しかしていないのに、不当と呼ぶにふさわしいほどの暴利の要求だ。それは正当なビジネスではない。
創業時から継ぎ足し継ぎ足し使われてきた秘伝のソース
食べ物なら美談だがプログラムになると地獄と化す

昨年*1フジテレビで放送された『テレビを輝かせた100人』では萩本欽一が大物ゲストとして番組途中に出演して、自身の知られざるエピソードを語っていた。

そんな中、その最後ガダルカナル・タカとやり取りが交わされた。

タカは言うまでもなく、たけし軍団の一員として常にビートたけしと行動を共にしてきた芸人である

タカ: 色々な萩本さんの笑いのセオリーの中で「下ネタをやらない」っていうのがあると思うんですけど、たけしさんを含め我々はずーっと下ネタオンリーみたいなところがあって(笑)、それを萩本さんはどんなふうにご覧になっていたのかな?って。すれ違う瞬間、楽屋が近くにあってもご挨拶出来なかったりしたので。嫌われてるんじゃないかなーとか。そういうのもあったんで。

萩本: あ、そういう他の人が(下ネタを)やってるなんて全然なんともないし、現に私だって、裸の劇場下ネタやってるところでやってましたから。ただ、僕の師匠東八郎さんがたったひとつ教えてくれたのが、「笑いやってて芸人疲れてくると下ネタに行く下ネタはよくウケる。だから下ネタをやるな、じゃない。それが出たら疲れてると思え」ってアドバイスがあったのよ。だから東さんがやってる限り、(元気で)やってるよっていう意味でも(下ネタはやらなかった)。(師匠への)恩返しみたいな。だから全然、相手がやるのは気にしてない。

そして萩本欽一は優しくタカに微笑み言う。

萩本: から(たけしに)言っておいて。「大好き」だって

これを聞いたタカは感極まり、最初こそ泣くのを堪えていたが、司会の今田耕司に話を振られると、耐え切れずに涙をこぼしたした。

小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。
でも、絵が上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。
抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。

担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。
冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。
N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。
私はN先生が大嫌いだった。

クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任することになったので、
全校集会で先生のお別れ会をやることになった。
生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。
先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。
お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。

私は、A君の言葉を忘れない。

「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」

A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。
放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。
N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。

2ちゃんねるレスブック:おまえらの好きなコピペ

quoted by deli_hell_me:

11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/01(水) 07:47:06.67 ID:oxdBXHzs0 
»1 
昨日、デパートのポストカードなどに美しい水彩画と、A君のサインを発見いたしました。

N先生は今、僻地で小学校で校長先生をしております。
先生は教員が少なく、子供達が家から2時間ほどかけて登校しなければならないような
過疎地へ自ら望んで赴任されました。

N先生のお家には、毎年夏にA君から絵が届くそうです。
A君はその後公立中高を経て、美大に進学しました。
お別れ会でのN先生の挨拶が思い浮かびます。

「A君の絵は、ユトリロの絵に似ているんですよ。
みんなはもしかしたら、 見たこと無いかもしれない。
ユトリロっていう、フランスの人でね、街や 風景をたくさん描いた人なんだけど。
空が、綺麗なんだよ。
A君は、その才能の代わりに、他の持ち物がみんなと比べて少ない。
だけど、決して取り戻せない物ではないのです。
そして、A君は それを一生懸命自分のものにしようしています。
これは、簡単なことじゃありません!」

A君は、空を描いた絵を送るそうです。
その空はN先生が作り方を教えた、
美しいエメラルドグリーンだそうです。

(via deli-hell-me)

(via biccchi)

(via sukoyaka, jinon)

2009-01-23

(via rosarosa-over100notes)

(via acricket86)

讃岐釜揚げうどん「丸亀製麺」     本社:兵庫県
自家製讃岐製麺「釜や本舗」      本社:栃木県
釜揚げうどん「楽釜製麺所」讃岐    本社:東京都
讃岐うどん「金比羅製麺」        本社:大阪府
四国うどん「鶴丸製麺」          本社:大阪府
讃岐釜揚げうどん「伊予製麺」     本社:大阪府
釜揚げ讃岐うどん「香の川製麺」    本社:大阪府
「讃岐製麺」                 本社:大阪府
讃岐製麺「麦まる」             本社:大阪府
讃岐釜揚げうどん「穂の川製麺」    本社:山口県
讃岐直送自家打ち麺「さぬき安べえ」 本社:愛知県

店の名前に香川県内の地名や讃岐もしくは四国と入っていますが
これらは香川県とは全く関係のない讃岐うどん風チェーン店です。
当然香川県内にこれらのチェーン店舗はほぼ存在せず、
うどん県民はこれらの店について知りませんので
「最近○○って店が近くに出来たけど香川の人から見てどう?」
とか「○○のおすすめって何?」
等と聞かれてもお答えすることができません、ご了承下さい。

温泉街のジレンマ

都会の人は手付かずの自然を見て心と体の疲れを癒したいと考えて温泉地や保養地などを訪れる。例えばイタリアのトスカーナなどではこの欲求はどんぴしゃで満たされるのだが、日本の田舎を訪れると街道沿いを埋め尽くす温泉宿や牧場のうら寂れた看板にゲンナリさせられることになる。

なぜこういうことが起こってしかも是正されないのか?

ここには一種のナッシュ均衡が働いている。

街道沿いに何も無かった時代に初めて掲出された看板はそれなりに効果を発揮しただろう。そして他の旅館や牧場がそれを見て同じように看板を掲出しようと判断したのもごく合理的だ。そしてそれを繰り返すうちにだんだんと街道は看板で埋め尽くされるようになる。

看板の数が増えてくるとアテンションのシェアは減るため、目立つことを狙って表現はドギツく、文字は大きくなって全ての看板が似たような表現に収斂していく。看板の数を減らそうにも個々の温泉宿や牧場にとっては看板を自分だけ下ろすメリットは無いので結局看板の数は減らない。結果として風景そのものは破壊されてしまい、全体としての集客力は大きく毀損してむしろ看板を出す前より客足は落ちてしまう。

これが温泉街のジレンマだ。

このジレンマは広告およびその手法の持っている合理性が内在させている矛盾点をあらわにしている。日本の広告も、温泉街のジレンマと同じ状況に陥っている可能性があるのではないか。

Arts and Science: 温泉街のジレンマ (via yuco)
2009-02-06 (via gkojay) (via jinon) (via pipco) (via suzukichiyo) (via umamoon)

「看板の数が増えてくるとアテンションのシェアは減るため、目立つことを狙って表現はドギツく、文字は大きくなって全ての看板が似たような表現に収斂してい く」

Twitterを思い浮かべた。

(via nakano) (via nemoi) (via kml) (via appbank) (via yaruolikes) (via yaruo)
ボロクソ言ってた相手と普通に会話したり飯食ったりできるのが本当の女子力。
「女の子一人救えなくて何が科学だ!文明だ!」みたいな台詞はすごい説得力あるけど、「俺一人救えなくて何が科学だ!文明だ!」って言い出したらクズ感しかないから、何かを主張したければなるだけ小さな女の子をダシにしたほうが良い
私は積み立て貯蓄をしており、その額は7桁後半。その通帳を細々した物をパクろうとしたついでに見つけ、印鑑ごと泥したママ友。銀行で現行犯逮捕され、執行猶予と併せて収監決定。ご自慢のマイホームとやらは更地に戻り、旦那さんと息子さんは引っ越ししますとの事。最後まで騙された!詐欺師!と喚いていたので、減刑もなかったんだと。で、通帳の届け出印と全く違う印鑑を、通帳と一緒に輪ゴムでくくって置くのは何罪になるんだろうか。

これは銀行の担当さんに教えて貰いました。セットで置いてある=通帳の届け出印と言う、思い込みを利用したトラップだそうで…本人なら、判を間違えてもキャッシュカードや身分証明があるわけだし、「取りに帰ります」で済む話ですが、盗品だとそこで終了。

医局で最近、「車って、「なんとなく」乗るものだったよね」、なんて会話をした。

PCもネットもなかった大昔、下宿の本は読み尽くし、テレビに飽きた夜中、なんとなく時間を潰そうと思ったときに、誰もがなんとなく車に乗って、そのへんをだらだら走った。ソーシャルゲームは無駄遣いだなんて、今の中高年はたぶん、若い人を笑えない。若い人は回線にお金を使って、昔はそれ以上の金額でガソリンを燃やした。

「なんとなく」の時間を、部分的にせよ独占できていたことが、かつて車がこれだけ栄えた理由だったのではないかと思う。クーペにしても、3ドアハッチバックにしても、実用に遠いあのデザインは、「なんとなく」時間を潰すのには、一番実用的なデザインだった。

●質問●
こんにちは。気になることがあり質問をしようと思いました。
ここ最近からプロの作家になりたくて文を書くようになりました。小説を少し
でも面白く、読みやすくしたくて毎日少しずつ書いています。そこで疑問があ
りました。それは、小説を上達するには一日最低、どれくらいの時間を書いた
ら良いのか。また、一ヶ月にどれだけ本を読んだら良いのか。ということです。
小説を書く時間が決まっていれば、その余った時間の分を読書に回すことが出
来るし、それらを日課にもしやすいだろうと思います。今、私は一日に平均一
時間半程、小説を書きます。本を読むのは、5日に一冊のペースです。こんな
ことは既存の質問かもしれませんが、教えてください。よろしくお願いします。


●答●

そんなことは自分で考えなさい。

以上。

……ということで終わりにするのがいいのかもしれませんが、近頃の人はそれ
ではただ不親切としか思わないだろうなあ、と思うので、続きを書くことにし
ます。

この質問からは質問した人のいろいろなことが読み取れます。

まずどんなことにも正解があると思っています。自分が自然にやっていること
よりも、誰かが正しいやり方を知っているのではないか、と思っています。
そして、「正解は人によって違う」という考え方も全く欠けています。
これは、さんざん言われ尽くされた現代教育の弊害そのものです。

それから、どんな本を読むか、どう読むか、という質的なものを抜きにして、
時間ゆ冊数という定量的なもので、読む体験、書く体験を測ろうとしています。
これもお役人などに向いた非創造的な発想です。

それから、「小説家になるのを就職活動と勘違いしている人」です。
このことは2~3号前に書きました。
したがって、この質問をする前にバックナンバーをほとんど読んでいない、と
いうこともわかります(バックナンバーは膨大にありますから、「質問する前
に目を通すのが礼儀だ」と言う気は全然ありませんけど)。

ただ、書くということ、読むということをもっと畏れてください。
こんなに短い質問からも多くのことが読み取れてしまう、ということです。
そして、この質問から僕が読み取ったことは「この人は99.9パーセント作家に
はなれない」ということです。

あなたは現代には非常によくいる「ありふれたタイプ」の人です。

作家というのは「選ばれた人」なので、よくいるタイプの人は決してなれませ
ん。
あきらめてください。

プロ編集者による 文章上達スクール [まぐまぐ!] (via yuco)

質問者が60歳くらいだったとしても驚かない。

(via aso) (via masaka) 2009-07-28 (via gkojay) (via gkojax)

(via wonderthinkanswer) (via footwork) (via usaginobike)

(via chicchi0411) (via osouonna) (via yaruo)
○スチュワート・バクスター(元サンフレッチェ広島)
・私は選手に山を描けと命じることが出来ても、どんな山を描くかについて指示することは出来ない。
・我々は必死で家を建てようとする。相手はそれを壊そうとする。壊す方が簡単に決まっている。